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高松高等裁判所 昭和29年(ネ)285号 判決

控訴人 徳永京

被控訴人 徳永広文

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は

被控訴代理人において被控訴人と訴外黒瀬貞夫間の本件土地の売買契約は昭和二十八年十二月十九日に成立し県知事の許可を得たのが昭和二十九年一月九日であり仮処分決定の登記せられたのは一月八日である。控訴人の主張事実中被控訴人の主張に副はぬものは否認すると述べ、控訴代理人において控訴人は自ら耕作の目的を以て昭和二十七年十月二十八日被控訴人より本件土地を知事の許可を停止条件として買受けたものである。不動産物件の得喪変更は之を登記して初めて第三者に対抗することができるのであるから、不動産物権に関する処分禁止の仮処分決定の登記が経由せられた後においては、その登記前になされた当該不動産の得喪変更と雖も本来登記すべからざるものである。しかも被控訴人と訴外黒瀬貞夫間の本件土地の売買契約が成立したのは昭和二十九年一月九日であつて、本件仮処分命令竝にその登記を経由した同月六日以後であるからその無効なことは明白であると述べ、

た外は何れも原判決事実と同一摘示であるから之を引用する。

〈立証省略〉

理由

控訴人より被控訴人に対し原判決添付目録に記載の農地たる田地につき売買を目的とする所有権移転登記義務の履行を求める本訴に先だち控訴人より原裁判所に処分禁止の仮処分命令の申請をなし、同裁判所は昭和二十九年一月六日附を以つて控訴人は本件土地に対し売買、譲渡、贈与、質権抵当権の設定その他一切の権利に関する行為をしてはならないとの仮処分決定をしたことは当事者間に争がない。

控訴人は本件仮処分により保全せられる権利は金銭的補償を得ることによりその終局の目的を達することができるから本件仮処分の取消を求める旨主張するけれども不動産の所有権移転登記を求める登記請求権は当該所有権の移転が権利者において転売利益を得ることを目的としてなされた等の特殊な事情の存しない限り金銭的補償を以て終局の目的を達成し得るものということはできない。そして右の如き事情の存在については被控訴人の論証しないところであるからこの点に関する被控訴人の主張は採容し難い。

次に成立に争のない疏甲第一、二号証、同第四号証の一ないし四疏乙第一号証、原審証人真鍋実恵、同渡部辰敏、同徳永善美、原審及当審証人黒瀬貞夫、当審証人佐伯為一、同黒瀬五郎の各証言を綜合すれば昭和二十七年十月二十八日被控訴人は控訴人に対し前記田地の耕作権(所有権を含むか否かは別である)を代金二十二万円を以て売渡す契約を締結し内金十七万円の支払を受けたこと、当時右田地は被控訴人の父訴外徳永美喜の所有名義であり被控訴人において之を耕作していたものであること、その後昭和二十八年十二月二十六日右田地について右訴外者より被控訴人に対し同年八月三十一日附贈与を原因として所有権移転登記がなされたこと、控訴人申請に係る前記処分禁止の仮処分命令は昭和二十九年一月八日に登記を経由したこと及び被控訴人は訴外黒瀬貞夫に対し右田地の所有権を売渡す契約を結び昭和二十九年一月九日当該所有権の移動につき所轄県知事の許可を受け同年五月十四日その所有権移転登記手続を完了したことを各認定することができる。右認定を覆すに足る疏明方法は存しない。

控訴人は被控訴人と控訴人間の右売買契約は単に耕作権の売買に止まらず当時右田地の所有名義は被控訴人の父である訴外徳永美喜名義ではあつたが実体上被控訴人の所有に属していたところから所有権をも含めて売買をしたものであると主張し、当時右田地の所有権が実体上被控訴人に属していたこと及び右当事者間の売買が耕作権と称するけれども所有権をも含めた権利の売買であつたことは当事者間に争の存するところである。しかしながら被控訴人が事情の変更ありとして本件仮処分命令の取消を求める理由は右争点と直接関係を有しないからこの点における双方の主張に対する正否の判断は本案訴訟の終局判決に譲るを相当と認める。

被控訴人が予備的申立の理由として主張するところは、被控訴人は本件土地を昭和二十八年十二月十九日訴外黒瀬貞夫に売渡すことを契約し同年五月十四日その所有権移転登記を経由したから、被控訴人が控訴人に対し本件土地の所有権移転登記義務があるとしてもその義務は履行不能となり、同一土地に対する所有権移転登記請求権を保全するためになされた本件仮処分はもはや必要がなきに至つたというのであつて、被控訴人と右訴外者との間に本件田地につき売買契約が成立し昭和二十九年一月八日所轄県知事の許可を受け被控訴人の主張の日時に所有権移転登記手続がなされたことは前認定の通りである。控訴人は右売買及び所有権移転登記は本件仮処分命令が登記せられた後になされたもので仮処分権利者である控訴人に対抗できない無効のものであると主張する。

よつてこの点につき判断する。当審における被控訴本人の供述によつて成立を認め得る疏甲第五号証の一ないし五及び当審証人佐伯為一同黒瀬貞夫の各証言を綜合すれば被控訴人と訴外黒瀬貞夫間の右売買契約は昭和二十八年十二月十九日に成立したことを認め得るけれども、その所有権の移動につき県知事の許可を受けたのは昭和二十九年一月九日であることは前記の通りであるから本件仮処分命令及びその登記のなされた当時には右売買契約は未だその効力を生じていなかつたものであるといわねばならない。即ち被控訴人と訴外黒瀬貞夫間の本件田地の所有権移転に関する契約の効力発生の時期は本件仮処分命令が登記せられた以後のことに属する。けだし農地に関する所有権の移転は所轄県知事の許可を受けることを必要とし、その許可を受けない移転行為の無効であることは農地法第五条の明定するところであるからである。されば不動産の得喪変更が当該不動産につきなされた処分禁止の仮処分命令前に行われた場合には該仮処分命令後にその登記が完了した時と雖も仮処分権利者に対しその物権の変動を以て対抗し得るとの説を採るとしても、或は之に反し仮処分命令後に登記がなされたときはよしんばその登記原因が該命令前に存したときと雖も之を以て仮処分権利者に対抗し得ない(当裁判所昭和二七年(ネ)第四〇〇、四〇一号、同二八年一〇月二八日言渡判決参照)との理論に従うとするもその何れにおいても被控訴人の訴外黒瀬貞夫に対する右売却行為は本件仮処分命令に違反する行為であると結論せられる。

しかしながら不動産物権に関する処分禁止の仮処分命令は同命令に反してなされた処分行為を凡て当然に無効ならしめるものではなく仮処分権利者においてその行為を否認し得る所謂相対的効力を有するに止まると同時に、仮処分権利者が仮処分命令違反の処分行為を否認するには仮処分権利者において当該処分行為を否認し得べき被保全権利を有することを要するは多言をまたないところである。そして仮処分権利者がかゝる被保全権利を有するや否やは本案訴訟において終局的に解決せられるべき事柄ではあるが、仮処分命令に対する異議、取消事件においても当事者の主張或は疏明方法によつてその存否を判断すべきものであることも当然のことと解する。

本訴において控訴人の主張する被保全権利は控訴人と被控訴人との間に原判決添付目録に記載の不動産につき昭和二十七年十月二十八日成立した売買契約に基く所有権移転登記請求権であることは本件口頭弁論の全趣旨により明かであり、右不動産は農地たる田地であること及び右売買につき所轄県知事の許可は存しないことは当事者間に争のないところである。してみれば控訴人主張の売買契約は未だその効力を発生するに由ないことは前説明によつて明白である。控訴人は右売買は県知事の許可を受けることを停止条件とする売買契約であると主張するけれども、その主張に従つても未だ条件が成就しないものである以上売買契約はその効力を発生していないものである。かように売買が無効であり若くは効力を生じていない場合には、契約当事者の一方(買主)が目的物につき相手方(売主)に対する処分禁止の仮処分命令を得てもその後相手方がその命令に違反して行つた処分行為を否定することはできないものと解せられる。けだしこの場合には仮処分権利者は仮処分命令違反の行為を否認し得る被保全権利を有しないからである。右見地に立つてみれば被控訴人が訴外黒瀬貞夫に対し前認定の如く本件不動産を売却処分した行為は本件仮処分命令に違反するものであるけれども、既に右売買につき県知事の許可を得て移転登記を経由したものであるから控訴人は右売買を否認することはできない。即ち被控訴人主張の如く被控訴人は最早控訴人に対し本件不動産の所有権を移転しその登記手続をなすことは不能となつたものといわざるを得ないのであつて、かゝる事情は民事訴訟法第七五六条によつて準用せられる同法第七四七条に定める仮処分を取消すべき事情の変更があつた場合に該当する。

控訴人は被控訴人が訴外黒瀬貞夫に本件不動産を売却し登記をした行為は民法第百二十八条の禁止規定に反するから無効であると主張するけれども同法条は停止条件付売買契約を締結した当事者の一方(売主)が条件未成就の間に目的物件を第三者に売渡す契約をした場合に当該第三者との間の契約を無効ならしめる法意ではないから、右主張は採容し難い。

以上の理由により本件仮処分の取消を求める被控訴人の申立は理由があり、之と同趣旨の原判決は相当であるから民事訴訟法第三八四条により本件控訴は之を棄却すべく控訴費用の負担につき同法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 石丸友二郎 萩原敏一 浮田茂男)

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